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最高裁判所第三小法廷 昭和55年(行ツ)162号 判決

上告人

青森県選挙管理委員会

右代表者委員会

盛田寛二

右訴訟代理人

萩原博司

被上告人

堤勉

右訴訟代理人

柴義和

主文

原判決を破棄する。

被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人萩原博司の上告理由について

原審が適法に確定した事実関係によれば、(1) 本件係争の投票は、「タケ」と記載されたもの一五票及び「たげ」と記載されたもの一票であるが、本件選挙に立候補した候補者のうち、その氏名に「タケ」の音を有する者は、横向竹次郎、袴田健義、成田武雄の三名であつた、(2) 横向竹次郎は、下田町内の木村部落の旧家(屋号「ヨゴジヤ」)に生まれ、本件選挙時まで同部落内に居住していたところ、青年期に仲間から「タケ」と呼びかけられていたこともあつて、現在でも同年輩のごく親しい者はそのように呼びかけ、あるいは、右の者同士や民生委員等同人と役職を同じくする者が同人のことを話題にする折に「タケ」と呼称する場合も多かつたが、右呼称はいついかなる場合にも横向竹次郎を特定指称するほど強いものではなく、同人が通称で呼ばれるときは「ヨゴジヤのタケ」と呼ばれることが多かつた、(3) 横向竹次郎は、袴田健義及び成田武雄の両名に対し、予め、選挙運動用ポスターの氏名に付する振り仮名について問い合わせたところ、袴田は「タケヨシ」、成田は「ナリタ」とするとの回答を得たため、「横向竹(タケ)次郎」と記載したポスターを作成し、これを選挙運動のために使用したものであり、成田のポスターには「成田(ナリタ)武雄」、袴田のそれには漢字縦書の氏名の下に横書で「タケヨシ」と記載されていた、(4) 成田武雄は「精米所のタケ」と呼ばれているが、下田町には、ほかに「タケ」の通称を有する者が数人おり、「タケ」という名の婦人もいる、というのである。

原審は、右のような事実関係のもとにおいて、係争の投票は、その記載自体により当該選挙人の横向竹次郎へ投票する意思を明白に示すものとすることはできないが、他方、同人が前記のような記載のあるポスターを用いて選挙運動を行つたことなどからすると、「タケ」と記載された一五票については同人に対する投票である可能性が大きいことになるとしつつ、右投票が袴田健義、成田武雄へ投票する意思でされたものを含まないと断ずる理由はないし、氏又は名の一部のみを仮名書きにして当該候補者の特定を印象づける選挙運動が行われた場合、この表記のとおりに記載してされた投票を当該候補者の有効票と認めるならば、同じ表記が通ずる他の候補者に投票する意思でされた投票を不当に取り込む結果ともなり、また当初からこのことを予期する不当な選挙運動を助長することにもなりかねないから、右投票全部を横向ひとりの投票として計算することには疑いが残り、したがつて、「たげ」と記載された一票も含め、係争の投票は、横向、袴田、成田の三者のいずれかへ投票する意思でされた有効なものとして、公職選挙法(以下「法」という。)六八条の二の規定に従い、右三名のその他の有効得票数に応じて按分加算すべきであると判断した。

前記事実関係によれば、係争の投票の多くは横向竹次郎に投票する意思でされた可能性が強いということもできないではないが、他方において、「タケ」という音を含む名は、仮名又は漢字によつて表記され、男女を問わず世上少なからず用いられており、このような音を含む名を有する者を単に「タケ」と呼び、あるいはその下に「さん」、「ちやん」などの語を付して呼ぶことは普通に見られる現象であるから、「タケ」という呼称は、このような者についてはだれにでも用いられる可能性のある一般的な呼び名にすぎず、それのみでは氏名に代わつて特定の者を他から識別するほどの個性を有するとはいえないものであることを考慮すると、係争の投票に記載された「タケ」又は「たげ」という表記は、いずれも「タケ」の音を含む名を有する前記三名の候補者のうち、ひとり横向竹次郎だけを指す可能性しかないものということはできず、他の二名の候補者を指すものとして用いられた可能性があることも、これを否定することはできない。そうすると、原判決が確定した前記事実関係を考慮しても、右投票すべて横向竹次郎に対する有効投票として同人にのみ帰属させることは相当でなく、この点についての原審の判断は是認することができる。

ところで、係争の投票は、右のように、前記三名の候補者のいずれかに投票する意思でされたものとみられる可能性があるのであるが、前記事実関係のもとでは、各候補者のいずれに投票されたか、その有効得票数を確定することは不可能であるというほかないから、法六八条七号にいう「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当し、法六八条の二の規定の適用のない限り無効とすべきものである。

そこで、更に、法六八条の二の規定の適用について考えると、右規定は、本来候補者の何人を記載したか確認し難い無効投票を立法政策上有効化しようとして特異な例外的の場合を定めたものであり、その結果は必ずしも選挙人の真意に合致するとは断定し難いものであるから、その適用範囲をみだりに拡張すべきではなく(最高裁昭和三七年(オ)第一〇八三号同年一二月二五日第三小法廷判決・民集一六巻一二号二五二四頁、昭和三九年(行ツ)第七一号同年一二月一八日第二小法廷判決・民集一八巻一〇号二一九三頁参照)、係争の投票のように、投票の記載が、仮名書きでされていて候補者の氏名、氏又は名を完全に表示したものとは認められず、たまたま二人以上の候補者の名の一部にそれと共通又は類似の者が含まれているにすぎないものについては、それが、二人以上の候補者の、選挙人一般に対し氏名と同等の通用力の認められる通称に合致するときなど、氏名、氏又は名の記載と実質的に同一視しうる場合のほかは、同条の規定を適用する余地はないと解するのが相当である(前掲昭和三九年一二月一八日第二小法廷判決参照)。

判旨これを本件についてみると、原審の適法に確定した前記事実関係によると、「タケ」というのは、横向竹次郎については一部の者の間における呼称にすぎず、同人の通称としては「ヨゴジヤのタケ」と呼ばれることが多く、また成田武雄については「精米所のタケ」と呼ばれていたというのであり、なお、袴田健義については、原判決は、「たけよし」である以上「タケ」と呼称されうることは経験則上明らかである、と判示するにすぎないのであつて、これのみをもつてしては、「タケ」を、右三名の候補者の、選挙人一般に対し氏名と同等の通用力を有する通称に当たるということはできない。そして、前説示のように、「タケ」という呼び名が、名の全部又は一部にそれと同じ音を有する者ならだれにでも用いられる可能性のある一般的な呼称にすぎず、それのみでは氏名に代つて特定の者を表示しうるような個性を有するものでないことを合わせ考えると、係争の投票の記載は、氏名、氏又は名の記載と実質的に同一視しうるものということはできず、これにつき同条の適用を肯定する余地はないものといわなければならない。そうすると、右投票は、候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして、法六八条七号の規定により無効となるものと解するのが相当である。

これと異なる見解に立つて係争の投票につき法六八条の二の規定を適用しこれを有効なものと解した原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、右投票を無効として横向竹次郎の当選を無効とした本件裁決は適法であるから、その取消を求める被上告人の請求は、これを棄却すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(寺田治郎 環昌一 横井大三 伊藤正己)

上告代理人萩原博司の上告理由

原判決は、公職選挙法六八条の二の規定の解釈を誤り、ひいて、御庁裁判例の趣旨に違背するもので、右違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄されなければならない。

一 原判決は、「タケ」と記載された投票一五票及び「たげ」と記載された一票を、公職選挙法六八条の二の規定により、候補者横向竹次郎、同袴田健義及び同成田武雄の三名その他の有効投票数に応じて按分し、それぞれ加算すべきものであるとする。

右の判決理由は、公職選挙法六八条の二の規定の明文に反するものであり、同条の規定を右のような場合にまで拡張して解釈適用することは、同条の規定が、例外的に無効投票を有効として扱う擬制の規定であることにより許されない。

また、

(1) 御庁第三小法廷昭和三七年一二月二五日判決、一部破棄自判(最高裁判所判例集一六巻一二号二五二四頁)、要旨「候補者中に鳥山庄次郎と扇谷酉之助がある場合に、「トリ」と記載された投票に公職選挙法六八条の二を適用し、両者の得票に按分加算することはできない。」

(2) 御庁第二小法廷昭和三九年一二月一八日判決、棄却(最高裁判所判例集一八巻一〇号二一九三頁)、要旨「候補者田中正雄及び旧名を田中正夫とする候補者田中吉衛門とがある場合、『田中正夫』と記載された投票に対しては、公職選挙法六八条の二の規定は適用されない。」

(3) 御庁第三小法廷昭和五二年七月一二日判決、棄却(判例集、裁判集民事に登載されず)、「候補者西村清二、同西塚文俊が「ニシ」と呼ばれることがあつても、いまだ同人らの通称と認められないときは「ニシ」と記載された投票につき公職選挙法六八条の二の規定を適用することは妥当を欠く」旨の原判決を「正当として是認することができる」とする判旨

に反するものである。

なお、これらの判決と本件事案との関係については後に述べる。

二 公職選挙法六八条の二の文理

(1) 右条項は、条文上明らかなとおり、候補者中に、氏名、氏又は名を同じくする者が二人以上ある場合の投票の効力に関する規定である。

本件においては、三名とも名が全く異り、そもそも本条の適用されるべき事例ではない。

氏名、氏又は名に代る通称についてもそれが氏名等に代るものとして通用している事実に鑑み、通称と氏名、氏又は名を同一とする候補者があるときも、本条の適用を肯定するのが従来の裁判例である(この点につき問題のあることは後に指摘する)。

しかし、本件においては、「タケ」が三名の候補者の通称であるとの認定はされておらず、またその認定の不可能な事例であること、記録により明らかである。

(2) 次に、投票の記載もまた、同一の氏名、氏又は名のみを記載した投票につき適用されるべきものであること、文理上明らかである。

しかるに、本件の「タケ」と記載された投票は、名の一部の記載がある場合にすぎないのであるから、そもそも本条の適用は文理上不可能なものである。

(3) 以上の二つの点において、本件投票は、本条の文理上、全くその適用の余地のないものである。

三 公職選挙法六八条の二は拡張解釈すべきものではない。

(1) 本条は例外を定めた規定であること、投票の効力を擬制した規定であること、拡張解釈すると投票の効力判定手続に混乱を生ずることの各理由から、本件のような場合にまで拡張して適用してはならない。

(2) 公職選挙法における投票の効力に関する一の原則規定は、同法六八条の規定である。この原則は、候補者の「氏名」を自書すべきものとする同法の「氏名自書主義」と、特定の一人の候補者の氏名を記載すべきものとする「候補者制度」及び「単記投票制度」という投票制度の基本から当然生ずる原理である。

同法六八条の二の規定は、右原則規定である同法六八条第七号の例外規定である。すなわち、同一の氏名、氏又は名の候補者が二名以上あるとき、その同一の氏名、氏又は名のみを記載した投票は、そのいずれの候補者に対する投票であるかを確認することができず、同法六八条七号の「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該当し、無効投票とされるべきが原則である。そこで、このような場合の投票を有効とするための例外を定めたのが六八条の二の規定である。「前条第七号の規定にかかわらず」とする文理からも、このことは明らかである。前記のとおり、現行公職選挙における投票制度の基本原則に由来する効力決定原則の例外である本条は、そのことの故に厳格な解釈が要請されるものであり、軽々しく、便宜的に、拡張解釈することは許されない。

(3) 公職選挙法六八条の二の規定は、投票の帰属につき擬制をしているものである。

本来ならば、同法六八条七号の規定により無効とすべき投票について、これを有効とするのであるが、有効とする以上、何らかの方法で候補者に帰属させなければならないので、便宜、その他の有効投票数に応じて按分のうえ加算するとの方法を採用しているのである。これは、もとより法の擬制であり、投票者の真意を実現することにはならないが、無効とするよりは選挙人の意思を生かし、それに副いうるものとして、合理性が認められているのである。このような擬制による投票の帰属は、法の明文に反して、もしくは明文を無視して軽々しく行われてはならない。また例外として一定の限界が守られなければならない。六八条の二の規定はまさに右の擬制が許される限度を規定したものであり、同条を拡張して解し、擬制の対象となる投票の範囲を拡大することは厳に慎しまなければならない。御庁大法廷昭和三五年一二月一四日の判決(最高裁判所判例集一四巻一四号三〇三七頁)においてもこの規定を違憲とする反対意見及び平等按分すべきであるとの反対意見が述べられている。

(4) 候補者の氏名、氏又は名が明確に記載されている投票は、一応候補者への投票意思が現われていて、その氏名、氏又は名の候補者一名のみの場合には、当然有効投票とされるものである。しかるに、たまたま、その氏名、氏又は名の候補者が二名以上存するというときは、そのような選挙人と関りのない事由のために無効とされるのである。

このような場合に、あくまでも、選挙人に候補者の氏名の特定を十分とする完全な記載を要求することなく、多少の無理はあつても、有効として救う方がより合理的であると考えられ、公職選挙法六八条の二の規定が設けられたのである。

他方、選挙の真正な結果を確保するため、投票用紙には、候補者の氏又は名の記載が最少限度の記載として要求されなければならない。これは氏名自書の要請である。

そして、氏名、氏又は名が異る候補者の場合には、選挙人は、少くとも氏又は名を完全に記載することにより、投票の記載上、充分候補者を特定することができるのである。異る氏又は異る名の共通の一部を記載した投票、又は、二以上の候補者の異る氏名、氏又は名のいずれにも類似した記載のある投票、すなわち不完全な記載の投票もしくは誤記、脱字のある投票であるために、いずれの候補者に対する投票とも続みうる投票までを広く有効とし、按分して加算することは、選挙人がその責めを負うべき不完全記載、誤記、脱字という全く偶然の事情により、投票が有効とされ、不自然な帰属が決められることとなるのである。これは前記の氏名自書主義、候補者制度、単記投票制度という公職選挙の基本制度を破壊する行きすぎた処置であり、不合理にして、選挙の公正な結果を確保するとの観点から措るべき措置ではない。(この按分規定が問題のあることについては前記大法廷判決における河村又介裁判官の反対意見参照)

(5) 以上の次第で、本条の規定を本件のような場合にまで拡張又は類推して解釈し、適用することは許されない。

本条の規定が立法政策上、特異な例外的の場合を定めたものであり、その適用範囲をみだりに拡張すべきでないことについては、先に引用の御庁の二件の判決の明言するところである。

四 投票の効力決定手続の混乱を生ずる。

公職選挙法六八条の二の規定につき、趣旨論から、その文理を離れて、適用の範囲を拡大するときは、その限界が不明確となつて、開票手続の関係者を困惑させ、手続の混乱を生ずる。

(1) 開票事務管理の実態

(イ) 開票管理者及び開票立会人が投票の効力の決定に当るものであるが、開票管理者には市町村の選挙管理委員会の委員長、もしくは委員(いずれも非常勤)又は、市長事務部局の部長等の地位にある者が当り、開票立会人は候補者の屈出による。

いずれも、公職選挙法及び市町村内の候補者の事情につき一般人より一層精通しているということは困難である。

選挙管理委員会の事務局は、大都市は別として、市においては、専任の書記が二、三名おかれているが、町村においては総務課長及び同課長の兼任であり、その数も二、三名にとどまる。その事務能力に過大の期待をすることはできない。

(ロ) 開票は、投票が午後六時に終了し、すべての投票箱が一ケ所に集められた、午後七時ないし八時頃から、深夜にわたつて行われる。この開票において、開票管理者の事務を補助するのは、選挙管理委員会の職員ではなく、市町村長の事務部局の職員が発令を受けて事務に当るものである。選挙管理委員会の職員は、その数が少ないため、当日の庶務的な、いわばお膳立ての仕事に当りうるにすぎない。

(ハ) また、開票の場所は、学校の講堂、体育館とか、公民館、公会堂のホールの如く、本来、文字を読むことを前提に照明の設備の行われているような場所ではない。

しかも、開票の結果につき、常に報道機関、候補者等周囲からせかされる状況の許において行われ、短時間で終了するように進めなければならない。

(二) 以上のような、人的、物的、時間的制約の許における開票事務は、なるべく簡単、明瞭、画一的な処理基準が望ましいことになる。

(2) 実質的調査は不可能

(イ) 投票の効力の決定は、第一に投票の記載によるべきものとされており、殆どは投票記載の文字の判読と候補者の氏名との関係により決定されるものである。しかし、不完全記載の投票、すなわち、誤記や脱字のある投票はいまだその例多く、開票事務関係者及び選挙管理委員会の悩みの種となつている次第で、このことは、幾多の高等裁判所及び御庁の判決によつても明らかである。

(ロ) しかし、著名人の関係、通称の問題については、投票の記載以外の事情として、これらの実態につき判断しなければならない。ところが開票は前記のような状況の許に行われるのであるから、開票の場において、これらにつき実質的調査をすることは不可能である。

裁判においては、当事者の主張、立証をまつて、時間をかけて慎重に審理することができるのであるが、開票の段階においては、そのようなことはできない。したがつて、これらの投票の記載外の事情は、開票管理者、開票立会人並びに開票事務従事者等開票関係者の殆どが認識している事情に限られるべきである。裁判になつて、知人、友人、親戚を証人として申請し、平素呼んでいる旨の供述がなされ、焼印判やちようちんの屋号もしくは符号、墓石の屋号(このような事例として御庁第三小法廷昭和四〇年九月二一日判決(最高裁判所判例集一九巻六号一五七一頁、「〓」の事案)、また、酒瓶の包装紙(この事例として御庁第一小法廷昭和五三年七月一〇日判決、原審、東京高等裁判所昭和五三年二月二八日判決、「ホンテン」の事案)を提出して、はじめて認定されるような事情は、開票の段階では全く考慮しえざる事情なのである。

まして、本件の場合のように、法廷における知人、友人、親戚の「平素呼んでいる、呼ばれている」という供述のみの場合には、全く開票関係者の与り知りえないことなのである。

このような、当事者一方の提出する有利な証拠調べの結果でなければわからないような事情により、投票の効力の決定が左右されるとすることは、開票関係者に不可能を強いるものであり、開票事務の実態を考慮するとき、到底採りえざるものというべきである。

(ハ) 公職選挙法六八条の二の適用につき、通称をもその対象とすることと判示されていることは、誠に好ましからざることである。そのうえ、通称といえども、氏名、氏又は名に完全に代るものとして通用している例は稀であり、その通用度に相違があるほか、前記のとおり、客観的資料があつて、知人、友人、親戚が「そう呼んでいる」と供述すれば、通称と認定される判決の現状においては、一層按分加算については問題があるといわなければならない。

(二) このような点から、公職選挙法六八条の二の適用については、通称とされるもののほかは、候補者の呼称につき考慮すべきではないとすべきである。

(3) 投票の効力決定基準における一般性、普遍性の要請

(イ) 民事通常事件においては、私人間の具体的紛争の解決であつて、結果の具体的妥当性の要請が強い。いわゆる解決のすわりのよさが求められる所以であり、事実の認定及び法律の解釈において、このような点からの配慮がなされるのが当然である。

(ロ) ところが、行政事件なかんずく、投票の効力の決定は、全国で行われる数多くの公職の選挙に通用する一般的、普遍的な解釈が求められる。公職選挙法六八条の二の適用に関しても、同種もしくは同旨の効力判定が絶えず生ずるのであるから、これらの効力決定につき、一般的、普遍的な統一的解釈が与えられなければならない。さもないと開票関係者は、効力決定に困惑し、最終的には判決をまたなければ、当選の効力は決まらず、事例の積み重ねをまつという不安定な状態が長期にわたり継続することとなる。

このようなことは、私人間の紛争ではなく、国家、公共の利害に関する公職の選挙における当選人の決定手続として妥当ではない。

全国各地の各種の公職の選挙の開票関係者が、効力決定の基準となしうる、一般性、普遍性が、投票の効力に関する法律の解釈については要請されるのである。

(ハ) このような点からすれば、公職選挙法六八条の二の規定の適用については、少くとも、「同一の氏名、氏又は名の候補者が二名以上存在する場合」という枠をとりはずすべきではない。

(4) わが国においては、氏の一部、例えば「高橋」姓の場に「たか」「たかさん」、「稲葉」姓の場合に「なば」、「なばさん」の如く、また、本件のように、名の一部をもつて呼ぶことは極めて多い。候補者の氏名につき、そのような省略した呼称の可能性は常に存するところである。

そうなると、候補者の氏又は名の一部に同一の文字又は同一の読みがある場合には、常にその共通部分による呼称の可能性があるかどうかを確かめ、その可能性があるすべての候補者につき按分加算しなければならなくなる。そうなると、按分に関係のある投票の効力判定の基準は不明確になつてしまうのである。

また、開票立会人は、自己の支持する候補者の氏名に少しでも関係のありそうな不完全記載の投票につき、按分加算を主張することとなり、立会人の意見の対立を生ずる可能性が大きく、開票事務の混乱を生ずる。

(5) 以上の各点につき配慮のない解釈が採られるときは、現実の開票手続に混乱を生ずる。

五 御庁の先例と本件事案との関係

(1) 原判決の公職選挙法六八条七号及び六八条の二の規定の解釈には、末尾に述べるとおり明白な誤りがあるのであるが、按分加算という結論についてなおこれを争う必要があるので、本件の事案――原判決の同条の解釈についての論旨ではなく、証拠により認定された事実関係――と前記引用の御庁の判決との関係を検討することとする。

(2) 投票の記載と候補者の氏名との関係

「トリ」票事案においては、氏の一部と名の一部の記載であるが、「ニシ」票事案においては、ともに氏の一部の記載であり、「田中正夫」票事案においては、漢字一字の誤記と旧名の記載に当る場合である。

いずれにしろ、同旨の事案で本件のみを右の点において、異る事実関係と解すべきものではない。

(3) 投票の枚数

「トリ」票事案及び「ニシ」票事案はいずれも一票である。「田中正夫」票事案においては一四票で、候補者田中正雄のその他の有効投票は二七二票、候補者田中吉左衛門のその他の有効投票は一八七票とされている(前掲判例集二二一六頁)。

投票数においても異る事実関係と解すべきものではない。

(4) 候補者指向の程度

「トリ」票事案においては、御庁判決は、「二名の候補者のいずれかに投票する意思をもつて記載されたものかどうかも明白ではないのである」と述べている。

本件原判決は、前記のとおり、「候補者三者のいずれかへ投票する意思でなされたものと認めるのが相当であるから有効な投票である」と判示している。

「田中正夫」票事案においては、候補者田中正雄の末尾の一字の誤記及び候補者田中吉左衛門の旧名に一致するというのであるから、そのいずれかに対する投票意思は明確というべきである。

右の点において、御庁の先例と異る解釈をすべき理由は見出しえない。

(5) 通称の否定

本件原判決も、「トリ」票事案、「ニシ」票事案のいずれも、通称とは認められないと判示している。

(6) ポスターの「タケ」の表示については、原判決は、これをもつて投票を有効とする事由とはなしえない旨判示している(理由の三項の第五段の末尾)。

したがつて、この点をもつて、御庁の先例と異つて、按分加算すべき特段の事由とはなしえない。

六 以上、るる述べたところは、要するに、

(1) 全国の都道府県及び市町村の選挙管理委員会並びに開票事務関係者が長年指針としてきた御庁の裁判例と本件事案との関係につき説明され、右関係者らが、その結論及び理論につき、「なる程そういうことなのか」と納得できる、わかり易い判決を望むものである。

さもなければ、全国の選挙管理委員会及び開票事務関係者は、手探りで、公職選挙法六八条の二の規定の適用問題に当らなければならず、判例の集積をまつという、長い苦難の途を歩まねばならないのである。

(2) 公職選挙法六八条の解釈の問題ではなく、立法政策上設けられた例外規定であり、擬制による加算をする規定についての解釈であるから、条文に忠実に従う解釈をすれば、右の点は充たされるものである。

(3) 「トリ」票事案についての御庁第三小法廷の判決は、公職選挙法六八条の二の規定の適用は、「同一の氏名、氏又は名の候補者が二名以上ある場合」に限定される旨明確に判示していないが、「田中正夫」票事案についての御庁第二小法廷の判決は、これを前提とする判示のように解せられる。

下級審の判決としては、福岡高等裁判所昭和三五年二月一一日判決(行政事件裁判例集一一巻二号一八一頁)は、候補者の氏名等が同一でない場合にまで拡張適用すべきものではない旨判示している。また「ニシ」票事案の原判決もこれと同旨の見解に立つものと解せられる。

(4) 公職選挙法の解釈をめぐる本件と類似の問題としては、選挙無効か当選無効かの問題があつた。

選挙の規定違反による投票の違法管理の場合で、その投票もしくは投票者の数を限定しうるときは、結果の具体的妥当性を考慮して、下級審は、当選を無効とし、選挙の効力の問題ではないとする判決を行うことがあつて、選挙事務関係者は、争訟の処理の見透しにつき困惑し、混乱を生じたものである。

これに対し、御庁は、繰返し、選挙の管理執行に関する規定違反の場合は、投票者もしくは投票数の限定の如何にかかわらず、常に選挙の効力の問題として考えるべきことを判示し、ようやくこれが下級審にも定着するに至り、この点をめぐる混乱は、現在は無くなつたのである。

七 付記

(一) 原判決の公職選挙法六八条七号及び六八条の二の解釈、適用に関する論旨は、明白な誤りを犯しているので、念のため付記する。

(1) 候補者三名のいずれかへ投票する意思でなされたものと認められるにすぎず、そのうちいずれか一名の候補者に対するものと特定しえないものは、同法六八条七号の「公職の候補者の何人を記載したかを確認し難いもの」に該り、同条との関係においては無効とされるのである。

このことは、同法六八条の二の規定が、「前条第七号の規定にかかわらず、有効とする」と定めていることからも自明のことである。

しかるに、原判決は、理由の三項の第六段において、「三者のいずれかへ投票する意思でなされたものと認めるのが相当であるから有効な投票である」と述べている。同法六八条七号に当るか否かの検討としては明らかな誤りである。

(2) 右のとおり、有効な投票であるとしたうえ、「横向竹次郎ひとりの得票とすることが不当である以上、法六八条の二に従つて三名のその他の有効得票数に応じて按分加算すべきものである」という。

六八条の二の規定は、六八条七号により本来無効とされるべき投票を、例外的に、有効投票として按分加算すべき旨の規定であることを誤解しており、「前条第七号の規定にかかわらず」という文理を看過している見解である。

(3) 本件のような投票につき、同法六八条の二の規定が、その文理をこえて拡張して適用されるべき理由及び、上告人が原審において引用した御庁の判決との関係につき何ら言及するところがないのは、右のような法条についての明白な誤解によるものと推察される。

(二) 原判決は、主文において、審査の申立てに対する裁決を取消すのみである。異議の申出に対する決定は、依然残り、当選無効の決定が生きていることとなる。原審において、原告の当選決定処分有効確認請求につき、被告が訴えの却下を求める答弁をした際、受訴裁判所が原告に対して、訴えの取下をすすめたとき、併せて、当選を無効とする異議の決定の取消請求を追加するか否かにつき、釈明を求めるべきものであつたのである。

この点については、御庁昭和四〇年一一月三〇日の判決において、裁決のみが取消され、主文において当選無効の言渡のないときは、県選挙管理委員会は、更めて確定判決の趣旨に従い、当選無効の裁決をなすべきものと判示しているので、本件も、かりに、原判決が確定するとすれば、県選管は更めて、町選管の異議の決定を取消すべきものと解すべきものと考えられるので、あえて、右の点についての釈明権不行使の違法の主張はしない。

公職選挙法二〇三条二項、二〇七条二項の規定があつても、右のように解するのが、早期確定を趣旨とする選挙訴訟制度の解釈であると考える。

八 参考意見

御庁第一小法廷昭和五五年(行ツ)第八九号として係属中の原審大阪高等裁判所同年四月二二日判決(行政事件裁判例集三一巻四号九四二頁)のように、候補者が氏をもつて呼ばれているか否か、選挙運動の態様がどうであつたかという投票記載外の事情を考慮し、氏を主体として投票者の投票意思を推しはかることは、従来の御庁の氏名全体との近似で考えるとする先例にも反し、開票関係者に難きを強いるものである。

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